主要農作物種子法は、平成29年4月に廃止法が可決され、来年4月に廃止されることになった法律です。このコンテンツは、廃止法の可決前に書いたものです。(一部後日加筆)
●「主要農作物種子法」ってなに?
「米・麦(大麦・裸麦・小麦)・大豆は日本人にとってもっとも大事な食料だから、よいタネの生産・普及について、都道府県はしっかり責任を持つように」という主旨の法律です。
原文はこちら
●よりよいタネを提供するために都道府県は何をしてきたの?
〇優良な品種の開発
都道府県立の農業試験場で、優良な品種を研究開発します.
(独立行政法人(旧国立)の試験研究機関における研究開発も行われています)
〇原種(おおもとになるタネ)の維持と増殖
原原種圃で原原種を増殖・維持し、それを原種圃においてさらに増殖します。
〇奨励品種の選定
さまざまな品種を比較検討し、その地域の特性にあった品種を選定して、その品種の栽培を農家に勧めます。
〇圃場の選定
タネを採るための田んぼや畑=種子生産圃場を選定します。
〇採種農家の指導
種子生産圃場において、よいタネをつくるために必要な勧告、助言、指導を農家に対して行います。混種を防止するため、地区ごとに採種する品種を決定します。
〇圃場審査
各圃場を巡回し、品種の特性や、出穂状況、穂揃い状況、虫食いがないかどうか等を厳格に審査します。種子審査員が数次に分けて丁寧に行います。
〇生産物審査
種子生産圃場でできたタネの発芽率を確認したり、不良なタネや異物の混入がないかどうかなどの審査を行います。
これらの都道府県の業務があってはじめて、稲・麦・大豆の種子の流通が可能となっています。
各県では農協等の団体が、県から譲り受けた原種を元に種子を生産し、一般農家に販売します。種子の需給の調整には「主要農作物種子協会」も関わっています。種子の保証書には採種の場所等を詳しく記載し、万が一混種があった場合などに対処できるよう、トレーサビリティをしっかりと保証しています。
●何が問題なの?
これまでは種子法があることで、都道府県はタネの生産を国から義務付けられ、そのための予算も確保できるようになっていました。
平成9年まではこの法律を実施するための予算を、国が補助金として各都道府県に交付していましたし、平成10年以降は、一般財源化され(=目的を細かく定めず他の用途のための予算と一緒に)、地方交付税の中から手当されてきました。
しかし、種子法が廃止されてしまうと、都道府県ではタネ生産のための予算を確保する根拠を失います。品種開発やタネの生産が禁じられるわけではありませんが、厳しい地方財政の中で、これまでどおりの予算が確保できる保証はなくなってしまいます。
法律による義務付けがなくなった後も、全都道府県が事務事業を継続している農林水産関係の事例がひとつでもあるのか? という国会での質問に対し、国はひとつも具体例を挙げることができませんでした。(出典:衆院農林水産委員会2017.3.23岡本充功氏質疑 動画はこちら)
法による裏付けを失うことで、これまで大変な手間と予算をかけて行われて来た、各都道府県における種子生産が将来できなくなっていく恐れがあるのです。
●タネの値段が上がる恐れ
税金の投入があったからこそ、タネは比較的安価に安定的に供給されてきました。もしも各都道府県が予算を確保できなくなると、今まで税金で賄われて来た分が値段に上乗せされ、タネの価格が上がってしまう恐れがあります。
都道府県によって開発・生産されてきたコシヒカリのタネが 20kg 7,920円、ヒノヒカリ 7,670円であるのに対し、民間企業が開発したトネノメグミのタネは20kg 17,280円、ミツヒカリ 8万円。この大きな価格差は、税金の投入の有無によって生じているといえるのではないでしょうか。
ただでさえ、苦労している米作農家の経営が今以上に困難になってしまう恐れがあります。
●種子法は「非関税障壁」=外資参入の邪魔、とみなされた?
なぜ種子法は廃止されるのでしょうか。国は種子法を廃止することによって、タネの生産の分野にも民間事業者の参入を促したい、という意図を国会の答弁で明確にしています。
現在は都道府県が育成した品種が奨励品種となる事例が大半であり、民間が開発した品種が奨励品種となりにくく普及しにくい、ということを国はひとつの理由として挙げています。(現実には、現在でも民間の品種が奨励品種となっている事例がないわけではありません)
つまり、種子法を民間に対する参入障壁、あるいは外国企業にとっての非関税障壁とみなして、これを廃止しようとしていることがわかります。
そもそも米などの種子市場に、民間企業がこれまでほとんど参入してこなかったのは、都道府県の供給する種子価格が安いため、それと競争できるような価格では利益が見込めない、というのが最大の原因だったのではないでしょうか。しかし、税金から予算が確保できなくなり、種子の平均価格があがっていけば、民間企業が参入して利益を上げる土壌ができあがるわけです。
種子法の廃止によって農家が得をすることは何もありません。種子法廃止案が持ち上がったのは突然のことであり、裏でアメリカからの要請があったのでは、とも疑われます。
●主食のタネまで外資に明け渡すなんて!
民間企業の参入によって、農家により多くの選択肢を提供できる、競争によってタネの価格も下がる可能性がある、と国は主張します。
けれども近年では、さまざまな産業分野で、強欲に利益をむさぼる民間企業(特に外資系)の横暴が目に余るようになってきています。そうした外資系企業によってタネの価格が不当に釣り上げられるようになる危険性のほうがより大きいのではないでしょうか。たとえば、モンサント社の遺伝子組み換え大豆の種子価格は20年間で4倍になったと言われています。また、インドではモンサント社が地元の種苗会社を買収したため、州によっては、農家はモンサント社以外の綿のタネを手に入れることができなくなってしまいました。外資系のアグリビジネス企業がこのような強引な商売のやり方をしている現実がある以上、外資系の種苗会社の参入を促進することが、日本の農業のためになるとはとても考えられません。
アメリカでも主食である小麦の種子の61%は州立大学や州の農業試験場などの公的機関が開発しています。
「タネを制するものが、世界を制する」と言われます。人間は食料がなければ生きていけませんから、タネを握って食料を支配するということは、その国を支配することに近い、大きな意味を持つのです。食料・エネルギー・軍事は国家安全保障の3本柱ともいわれ、その自給なくして日本国の自立はあり得ません。今でさえ食料自給率の異常な低さが問題であるのに、食料の源であるタネを他国に明け渡してしまえば、日本国の真の自立はますます遠ざかってしまいます。だからこそ、食料と、その源となるタネの安定供給に、国や都道府県はきちんと責任を持つべきなのです。
●わたしたちにできること
種子法廃止法案は平成29年3月23日に既に衆院農林水産委員会を通過し、3月28日には衆院の本会議で可決されてしまいました。今後は参議院の農林水産委員会、そして本会議へとかけられます。
〇この危機を多くの人々に知らせましょう。
〇種子法を廃止させないで! と国会議員に訴えましょう。参院農林水産委員、特に与党委員に電話やファックスで働きかけましょう。(共産党や民進党は問題点を理解して反対しており働きかけの必要性は低いです)
〇陳情書の例はこちら
参議院 農林水産委員 名簿 はこちら
http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/konkokkai/current/list/l0070.htm
委員長 渡辺猛之(自民党)参議院議員会館325号室 TEL:03-6550-0325 FAX:03-6551-0325
理事 舞立昇治(自民党) 参議院議員会館603号室 TEL:03-6550-0603 FAX 03-6551-0603
理事 山田修路(自民党)参議院議員会館805号室 TEL 03-6550-0805 FAX 03-6551-0805
理事 徳永エリ(民進党)参議院議員会館 701号室 TEL:03-6550-0701 FAX:03-6551-0701
理事 紙智子(共産党)参議院議員会館710号室 TEL 03-6550-0710 FAX 03-6551-0710
もっと詳しく知りたい人は
●衆議院インターネット中継 農林水産委員会平成29年3月23日
●院内集会「日本の種子(たね)を守る会」前半 講師:久野秀二 京都大学大学院経済学研究科教授
●種子法廃止で、遺伝子組み換えの米や麦が栽培されるようになるの?
日本では米や麦で、栽培の認可を受けた遺伝子組み換えの品種はまだひとつもありません。
御本家のアメリカですら、遺伝子組み換えの小麦はまだ栽培が許可されていません。飼料として利用されるトウモロコシなどと違って、直接食べる小麦は市民の反発も強いことが最大の理由でしょう。
遺伝子組み換えの大豆に関して言えば、日本でも既に20品種の栽培が認可されていますが、現実には、まだ商業的な栽培は日本では行われていません。
平成29年1月現在、日本で栽培が許可された遺伝子組み換え作物の一覧はこちら
これは、日本における遺伝子組み換え食品の表示制度が、栽培のひとつの歯止めになっているとみてよいでしょう。
日本では「組み換えられたDNAとそれによって生成したタンパク質が含まれる食品」には遺伝子組み換えである旨を表示しなければいけない、という決まりがあります。
しかし遺伝子組み換え食品を食べたいと思っている消費者はほとんどいませんので、表示をすると売れない、ということは食品業者もわかっています。ですから、
表示が義務付けられていない食品だけが主に流通しているのです。すなわち、たんぱく質を含まない、油、液糖その他の糖類などです。
日本でもし遺伝子組み換え大豆をつくっても、それを豆腐や納豆にしたら表示が義務付けられてしまうわけで、それでは売れ行きは見込めません。一方、大豆油などに加工すれば表示しなくてもいいので販売はできるでしょうが、利益が出せません。日本で栽培すると、どうしても海外産より原価が高くなってしまうからです。売れないものをつくってもしょうがない、という判断で栽培されていないと考えられます。
米も麦もたんぱく質を含んでいますから、仮に遺伝子組み換え品種の栽培が認可されても、事情は大豆と同様です。つまり、売れ行きが見込めないから、栽培される可能性は低いといえるでしょう。
現在の日本の表示制度は不十分なものではありますが、それでも栽培や流通のある程度の歯止めにはなっているのです。
そうした事情から、
種子法が廃止されたからといって、現在の表示制度が堅持される限り、遺伝子組み換えの米・麦・大豆が栽培されるようになるということは簡単には起こらないでしょう。
しかし、遺伝子組み換えでなくても、タネを外資に握られてしまうということは危険です。寡占、独占による不当な値段の釣り上げなどを彼らは平気でやるからです。
●じゃあ、遺伝子組み換えの心配はしなくていいの?
従来の遺伝子組み換え技術とは別の新しいタイプの遺伝子操作技術が現在は非常に急速に発達しています。その代表がゲノム編集です。
これは酵素を使って狙った特定の遺伝子を切断し、その遺伝子の働きだけを止める、という技術です。
従来の遺伝子組み換えが、異なる生物同士の遺伝子を組み合わせるものであるのに対し、
ゲノム編集は異種の遺伝子の挿入がないため、従来の技術に比べれば、安全であるとされています。しかし、遺伝子全体の調和を壊すことに変わりはなく、従来の遺伝子組み換え作物と同様に、想定外の不純物などが生成される可能性は否定できない、と主張する懐疑派もいて、安心することはできません。
しかし、ゲノム編集作物には「組み換えられたDNAやそれによって生成したタンパク質」が存在しないため、現在の遺伝子組み換え表示制度のもとでは表示義務はかかりません。
ゲノム編集稲やゲノム編集小麦、ゲノム編集大豆などが開発されれば、現状の日本の制度のもとでは何の歯止めもなく栽培されてしまう危険性があります。
今は稲のタネは安価に供給されているので、ゲノム編集稲が市場に入り込む隙はほとんどないでしょうが、種子法廃止によって在来の稲のタネが値上がりしてしまえば、ゲノム編集稲も価格競争できるようになり、流通が広がる可能性がでてきます。
それを考えると、種子法廃止によって、遺伝子操作による食品安全上の不安が、米・麦・大豆に関しても出てくるという可能性は否定できません。
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